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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)30号 判決

代理人

浅村成久

外二名

被告

川島勝

主文

特許庁が、昭和四十三年十月二十九日、同庁昭和四一年審判第四、六一五号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訟訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。

一特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四十一年七月十四日、特許庁に対し、被告の有する別紙第一記載の商標――登録第五七八、一二六号――以下本件商標という。)につき、登録無効の審判を請求し、同年審判第四、六一五号事件として審理されたが、昭和四十三年十月二十九日、「請求人の申立ては成り立たない」旨の審決があり、その謄本は同年十一月二十日原告に送達された(出訴のための附加期間三か月)。

二審決の理由の要旨

本件審決は、本件商標と別紙第二記載の登録商標――登録第一二七三五一号(以下「引用商標」という。)とを比較し、両者は外観、称呼および観念のいずれの点においても類似していないとし、その理由を次のとおり説明する。すなわち、本件商標は、星の図形に「single」の欧文字を重画し、その下方に「single-star Brand」の欧文字を配してなるもので、看者をしてこれら全部が結合してなる商標と理解させるものであるが、引用商標は、角ゴシック体の「SINGER」の欧文字のみからなるものであるから、両者は外観上相違するものとして認識されることはいうまでもなく、仮りに、本件商標の構成中、「single」の欧文字部分を抽出して、引用商標の「SINGER」なる欧文字と比較してみても、前者は図案化した書体、後者は角ゴシック体で、書体を異にするばかりでなく、綴字の数が共に六字で、第四字までが同一文字であるにせよ、第五字及び第六字が、前者は、「le」、後者は「ER」と相違することが明らかであるから、両者は、文字全体の外観において非類似のものとするのが相当とすべく、さらに、本件商標は、その構成において、「星の図形」を顕著に描画してあるので、この部分から「星」(STAR)のイメージを惹起させ、これに「一個の」「一つの」を意味する「sin-gle」の欧文字を配し、さらにその下方に「Singlestar Brand」なる欧文字が配置されているから、「シングルスター」の称呼及び「一個の星」「一つの星」の観念を生じさせるものであるのに対し、引用商標は、「SINGER」の欧文字のみからなる構成であるから、容易に「シンガー」の称呼及び「歌手」の観念を生じさせるものであり、仮りに、本件商標の「single」の部分が特に強い印象を与えるものとしても、その称呼「シングル」と引用商標の称呼「シンガー」とは、聴者をして識別困難にさせるほど類似しているものではなく、また、それぞれ前記のように異なる意味を有する語であることが明らかであるから、両商標は、称呼及び観念上も相紛れるおそれはなく、非類似の商標であるとしている。

さらに、本件審決は、本件商標は商品の誤認又は混同を生じさせるおそれがない旨を次のとおり説明する。すなわち、本件商標と引用商標との各指定商品は同一又は類似のものであり、引用商標が、わが国において、古くからアメリカ合衆国の「ゼ・シンガー・カムパニー」の製造販売にかかる商品「ミシン」を表彰するものとして広く知られているものであるが、「ミシン」の需要者は、購入に際し、当該商品の機構、性能の良否などについて厳密に吟味するものであり、附されている商標についても、前記のような構成上の相違がある以上、本件商標を附した被告の製造販売にかかる商品が、引用商標を附した原告会社の製造販売にかかる商品であるかのように、商品の出所について混同を生じさせるおそれは皆無であり、したがつて、本件商標は、旧商標(大正十年法律第九十九号)第二条第一項第十一号の規定に違反して登録されたものでもないとしている。

三  審決を取り消すべき事由

本件審決は、次のいずれの点においても判断を誤つた違法のもので、取り消されるべきである。

(一) 本件商標と引用商標とは、外観上類似の商標である。すなわち、本件商標の構成は別紙第一記載のとおりであるが、そのうち下方に小さく横書きした「Singletar Brand」の文字は附記的部分であり、商標の要部は、「single」と大書した欧文字と星の図形の部分にあるとみるべきである。このような文字と図形の結合からなる本件商標については、簡易迅速を尊ぶ商取引の実際において、文字及び図形のいずれからも称呼、観念が生じ、したがつて「single」の文字が見る者の注意を引いて、それによつて称呼観念されることもあるとみるのが相当である。そこで、本件商標中の右「single」の文字部分と引用商標「SING」とを比較すると、両者は共にアルファベット六文字からなり、前半の四字「single」と語尾の二字のうち「R」とを共通にし、相違する文字が語尾にあるとにすぎないため、その相違はあまり明瞭に意識されず、取引者、需要者が両者を混同するおそれが多分にあり、両者は外観上類似するものというべきである。

(二)  本件商標と引用商標とは、称呼上も類似の商標である。すなわち、前同様の理由で、本件商標からは「シングル」の称呼を生ずるものというべきところ、引用商標は「シンガー」の称呼で知られているが、「シンゲル」または「ジンゲル」の称呼も生ずるものというべく、したがつて「シングル」と「シンゲル」または「ジンゲル」とを比較すると、両商標は称呼上も類似するものである。

(三)  本件商標は、商品「ミシン」について、出所の混同を生じさせるおそれのあるものである。すなわち、本件審決の説くように、需要者等がミシンの購入にあたり、常に商品を厳密に吟味するという必然性は少しもない。むしろ、ミシンが普及すればするほど、商品性が一般化し、市場での競合が多くなるため、出所の混同のおそれは増大するはずであり、本件審決はこの点の判断を誤つたものである。

第三  被告の不出頭

被告は、適式な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第四  証拠関係〈略〉

理由

(争いのない事実)

一本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要旨が原告主張のとおりであり、本件商標と引用商標との各構成及び指定商品が、いずれも別紙第一及び第二記載のとおりであることは、すべて被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなされる。

(審決を取り消すべき事由の有無について)

二本件審決は、まず本件商標と引用商標とが外観上類似のものではないとしているが、すでにこの点において判断を誤つたものといわざるをえない。すなわち、本件商標の構成は、前認定のとおり、細線で星の図形を描き、その図形の中央部を横切つて「Singlestar Brand」の欧文字をやや図案化した筆記体で肉太に左横書きし、さらに、その図形の下部に筆記体の「Singlestar Brand」の欧文字を小さく横書きして成るものであるが、このような構成中、星の図形は細線で描かれた極めてありふれたものであり、下方の「Singlestar Brand」は、他の部分に比し極めて小さく表示されていて、附記的部分というべきであるから、本件商標の中で、これを見る者に強い印象を与える部分は、肉太で中央部に書かれた「single」の文字部分にあるものと解するのが相当である。よつて、本件商標の要部というべき右「single」の文字部分と引用商標「SINGER」とを比較検討すると、両者は共に「S」から始まる欧文字から成り、そのうち初めの四文字及び末尾部分二文字のうち「E」の一文字、計五文字を共通にし、わずかに末尾部分二文字のうち「L」と「R」の一文字を異にするにすぎないものであることは、前掲両者の構成に徴し明らかである。この点について、両者は構成上、本件商標がやや図案化した筆記体で第二字以下は小文字であるに対し、引用商標はゴジック体の大文字であるという相違はあるが、これらの文字は、いずれも通常一般に見受けられる欧文字であり、その書体と共に、特異なものというには足りないものであるから、このような相違点は、両商標の外観上の類非を定めるうえで、特段の考慮に価するものということはできない。このように、全体として六文字にすぎない欧文字のうち、五文字を共通にし、しかも、初めの部分四文字を共通にする二群の文字を、それぞれ別個に商標として使用するときは、各指定商品である裁縫機械(通称ミシン)の需要者、取引者は、一般的にいつて、彼此混同し、結局両者を同一視するおそれがあるものとみるのが相当である。けだし、実際の商品取引において、この種商標の識別に当り、取引者、需要者は、ことに、それらがいずれも欧文字から成るものであることもあつて、必ずしもその綴字の全部にわたり、文字として仔細に検討して異同を吟味するようなことはせず、それら一群の欧文字を全体として一個の標準として見、それぞれに対する全体的直観ないしは概観的印象に頼つて異同を認識しやすいものであることは、経験則上明らかであり、このような実際に鑑みれば、本件商標と引用商標とは、これをみる者に直観的に極めて近似した印象を与え、その意味合いにおいて、極めて相紛わしいものであるといわざるをえないからである。したがつて、本件商標と引用商標とは、外観上、互いに類似の関係にあるものといわざるをえず、これとみるところを異にした本件審決はこの点の判断を誤つたものというべきである。

(むすび)

三以上説示のとおり、本件商標と引用商標とは、すでに外観者において類似の関係にあるものであるから、この点において両者を非類似と認定した本件審決は、さらにその余の点について判断するまでもなく、違法として取消を免れない。

よつて、その主張のような違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行改事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 石沢健 奈良次郎)

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